2015年05月07日

変化を恐れる母と助ける娘

連休は実家に帰りのんびりしてきました。
母は今、とても楽しくて穏やかに過ごせていると話していました。
そんな母を見て、私はとても嬉しく思います。

やっと私に依存することをやめた・・・それは本当にここ数年の話です。
世間では『毒親』とも言われているようですが、あぁ、私以外にも親のことをそんなふうに捉えている人がいたんだ〜と思ったことがあります。

母はとてもさみしがりやで、心配性で、私が行動を起こすことを嫌っていました。
私は出来るだけ母を安心させること、そばにいてあげようと思っていたのですが、中学、高校と進むに連れて、友人と遊んでいても素直に楽しむことも出来ず、何かをしていても心ここにあらずで、常に母の顔が浮かんでくるのです。

そしてある時、自分は何のために生まれてきたのだろうと考えるようになりました。

母は何かと、私が幼かった頃に口にした言葉を中学生、高校生になった時でも投げかけて来ました。幼い頃の純粋な気持ちを使って、私を縛ろうとしました。

本来親は、自分から巣立っていく子どもを喜ばなければなりません。
でも母はいつも何かで繋ぎとめておきたいという気持ちがありました。
私は、自分が母のそばにいなければ、母は幸せになれないと思っていました。
不安で押しつぶされて寝込んでしまうのではないかと思っていたのです。

私は苦しくなって自分から、その繋ぎとめていたものを切りました。
そして自分が幸せになれば母はもっと幸せになれる!と思うことにしたのです。

母に会いたくない時期は15年でした。出来るだけ自分に素直に距離をとることにしました。
すると母は自分から察知したのか少しずつ距離をおくようになりました。
そういう経過を経て、今やっと心から会いに行けるようになった気がします。

今思えば、母は不安で仕方なかったのだと思います。自分から見えない場所へ行ってしまうことが・・・。

母を安心させなければと、縛っているのは自分自身だったのです。

自分が幸せであれば何も問題はありません。
自分が幸せになれたときこそ、人を幸せに出来ると私は思っています。

ご訪問ありがとうございます足跡残してくださると嬉しいです
コチラ↓

にほんブログ村
posted by ひよっこ at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月01日

気持ちがほっとして

ピヨの持久走は火曜日にやるはずだったのですが、木曜日に延期になりました。
しばらくは、『途中でやめる理由』を考える事で安心していたのですが、その日は延期になり残念がっていました。嫌な事が引き伸ばされ、水曜の夜にまた「嫌だなぁ」と言い出しました。

いつも寝る前に、ピヨとウサとベッドで話をするのですが、

ピヨに「小学校で走ったのはいつが最後だっけ?3年生かぁ、その時ピヨは20番くらいじゃなかった?そんなに遅くなかったよね。もしかしたら最後じゃないかもしれないよ。なんかママ楽しみだなぁ〜」と話すと

「ママがそういうんだったらピヨも走れそう!」と元気な顔になりました。

やれやれ・・・。

そして木曜日、帰ってくるなり
「もう〜嫌なんだよ!一緒にペア組んだ人が何週したか数えてるんだけど、数えるの間違えて一週早く終わらされたんだよ。まだ走れそうだったのに!」と怒り爆発。
結局記録が出ず、来週また・・・という事に。
「あれ?じゃあ一番の子はもうゴールしてたの?」
「ううん、してないよ」

一番の子がゴールもしていないのに、そこで辞めるあなたもどうかと?ということは突っ込まず、「そうなんだ〜、残念だったね!でも余裕だったんだね。で、何位だったの?」
「ビリ、ちょっと前にも走ってる子がいて頑張れば追い越せそうだった」
ということです。本当によく頑張ったと思います。

終わってホッとしたのか、その夜も学校での話が止まりませんでした。
食欲も出てきて、体重も増え始めたので、時々のサポートで良さそうです。
私もだいぶ気持ちに余裕が出てきました。

ご訪問ありがとうございます足跡残してくださると嬉しいです
コチラ↓

にほんブログ村
posted by ひよっこ at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月30日

親の役割

今週の月曜日にピヨの部活が決まりました。
部活を決めることで、こんなにやきもきするとは思ってもみませんでした。

中学生になりピヨは卒業間近から急接近したRちゃんというお友達としょっちゅう一緒にいるようになりました。
Rちゃんは運動も出来てとても気持ちのやさしい子でした。
小学校2年生くらいの頃からも時々は遊んでいたのですが、その当時から習い事がどうしても嫌で「お母さんが辞めさせてくれない」とこぼしていました。
時々ですが、遊ぶ度にその話をしていたので、「お母さんはとっても厳しい人なんだなぁ」と私は思っていました。

Rちゃんが、ピヨと部活見学をしていた時に(ピヨは当然、文化部なのですが、文化部といってもあまり活躍の場がないものです)「楽しそう〜!」と言って思いがけなくRちゃんまで同じ部活に入ろうと考えたようです。ピヨにとってはとっても嬉しい事です。
しかし家でRちゃんがその話をしたところ、両親に反対され、しばらく口も聞かない状態になったようです。

私のところに、Rちゃんのお母さんからメールがありました。口も聞かないし部屋に閉じこもって困っていると。

私は実親から束縛されていたという思いが強かったので人から強制されることがどうしても好きではありません。なのでRちゃんの思ったようにさせてくれないRちゃんのお母さんに対して嫌だなぁという印象がありました。そこでメールの返信にはピヨに対しての考えは基本、人生無駄なことなんて一つもないと思うし、子どものやりたいようにやらせることを伝えました。
そして、何日か経ってからまたお話する機会がありました。
Rちゃんのお母さんは、どうしても運動をさせたいという思いが強かったので、私はRちゃんが過去に「お母さんが辞めさせてくれない」と言っていたことを伝え、「疲れているんじゃないの?」と話しました。
私自身も小4から9年間部活に明け暮れてやりたいことも出来ず後悔しているとの話しをしたのですがRちゃんのお母さんは「それが青春じゃないの!?」と言ったのです。

「そうかなぁ?そんなに嫌なことをやらなくちゃいけないのかな」と思いながらもその言葉が、どこかで私の中で引っ掛かりしばらく考えていました。
自分の意思を通せなかった過去の嫌な経験と、ピヨが最悪な状態の時には生気さえ失ってしまったことで、健康でさえいてくれればいいという思いが、このままでいいと自分の中で納得させてしまったのです。

Rちゃんのお母さんの考え方は最もです。必要な時期に少しでもプラスになることをやっていれば3年後のこの子は何もしないこの子とは歴然の差が出てくるのは当然なのです。

もしかしたら、私はピヨの可能性を奪ってはいないのだろうか?もしかしたら親がこれでいいと思っていたらその子はそこまでにしかならないのかもしれない。
嫌がるからってそこで諦めたらいけないのかもしれない。と思うようになりました。

嫌がっても何か違った形で運動は続けさせることは出来るし、やる気を出させる親の努力は必要なのかもしれません。

またひとつ忘れかけていたことに気付くことが出来ました。
必要な時期に必要な言葉って舞い込んでくるものですね。


ご訪問ありがとうございます足跡残してくださると嬉しいです
コチラ↓

にほんブログ村

posted by ひよっこ at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする