2014年01月29日

医者の不養生

主人は自分が癌になるとは全く思っていなかったので、がん保険をかけていませんでした。
闘病生活が4年目に入りました。
先が見えてこない現状に焦りを感じています。

主人は、仕事もテキパキこなして責任感もあり、医師としては本当に貢献していたと思います。
家でも、子ども達がまだ小さかったので夜勤明けでもいろいろ世話をやいてくれました。
何でも意欲的に取り組んでこなす人でしたから、患者さんにも慕われていました。

仕事を休まざるをえなくなった時には仕事の事ばかり考えていました。
自分が一生懸命積みあげてきたきたものが一気に崩れ去ってしまったように感じたようです。

自分のことより病院のことや患者さんのことばかり考えているので、幾度となく喧嘩しました。

病人が一番辛いんだと分かっていても、病気に対しての認識が二人で違っていたりするのでお互い譲れなかったり・・・。
ピヨが学校へ行けなくなった時に、ピヨに対しては「いいよ、いいよ、自分で考えてやってごらん」と悠長なことを言えたけど、主人の場合は病気が病気だし、本人に任せていたら自分の事は後回しタイプですから食事管理やら感染予防やら子ども以上に気を遣います。だから押し付ける事がたくさんありました。
本当はもっと話を聴いてあげたり、本人の意思を尊重してあげたほうがいいと分かっていてもできません。
ピヨの学校のことで頭がいっぱいで、私の方が話を聴いてもらったり・・・。家族みんなが辛いのです。
よくお友達から「お医者さんだから、大丈夫なんでしょ?」と言われました。
たしかに病院選びなんかは一般の人より情報が入りやすいかもしれないですが、現状『癌』については限界があります。大丈夫なわけありません。
神のみぞ知るです。

ですが私は、こんな状況ですが主人と一緒にいられる時間が出来てとても嬉しいのです。
忙しくしていた時はほとんど仕事の話だったと思います。
世の中には、急な事故でお亡くなりになった方もいらっしゃるでしょう。本当にお気の毒です。
そういう方達に比べたら、しっかり生きることを自覚出来る『今』に気付かせてもらえたことが本当に有難いと思っています。

私達は決して諦めたわけではありません。
現状を受け入れて、有意義な時間を過ごすことが明日につながると信じています。






posted by ひよっこ at 10:25| 闘病生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月22日

抗がん剤治療のお迎えに

闘病生活に入って4年目に入りました。
癌と分かった当初は子どもは2年生と年長で、結婚10年目のお祝いを終えたばかりでした。
健康診断で突然の告知。主人の腫瘍は4センチの大きさになっていて、ステージ3の進行癌でした。

原発の腫瘍を取り除いてもその後肺に転移し、抗がん剤と手術と放射線とあらゆる手を尽くしている状況です。本当にしぶといです。
いろいろ考えた末、主人の実家に近い病院を選びましたが居住地から車で2時間かかるので、行きは電車、帰りは車で迎えに行きます。

昨日も治療日だったので、子ども達を早退させ、迎えに行ってきました。
早退させずに、家で子ども達だけで留守番も考えたのですが、最近誘拐もあったり、地震なんかもあったら心配なので、連れて行くことにしました。
ピヨの学校の方は順調で、給食はほとんど食べられるようになったそうです。
ただ、ウサの方が最近不安定でわがままを言っては愚図りだすことが多くなってきました。
心理学では9歳の壁というのがあって、ここを上手く乗り越えられた子が大人の考え方が出来るようになるそうです。ピヨの3年生の時には、主人の事で頭がいっぱいで目をかけてあげられなかった。
ピヨには悪いけど、ウサでは失敗したくないので今回は慎重です。

ピヨが4年生の登校をしぶり始めたときは、主人を迎えに行くときは本当にイライラしたものです。単なる怠けだと思っていましたから。

人は何かに縛られると、悪い方へ引き込まれるんですね。
だから、学校も自分のペースでと決めた時から、ピヨは快方へ向かっていきました。

なので今は、我が家の現状を学校にも理解してもらい我が家のぺースでやらせていただいてます。
迎えに行くときは、ピクニック気分でおやつとお弁当もってワイワイ言いながら車内で過ごしています。

時々誰かしらの雷は落ちてますが(笑)






タグ:大腸がん
posted by ひよっこ at 12:07| 闘病生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする