2015年01月13日

目に見えない関係


ピヨが最近素直に甘えられるようになったことに気付きました。
私もその甘えを跳ね返すことなく自然に受け入れられるようになりました。

私はピヨの親でありながらピヨを素直に受け入れられなかった理由がありました。

ピヨが1歳半の時です。下の子を妊娠しつわりがひどいので実家に帰省しました。
祖父母が大好きだったピヨはそれは楽しそうに遊んでいました。
私の父も母も面倒見がよく、子どもが好きだったのでピヨにとっても安心できる場所だったのだと思います。
楽しそうに遊んでいたので私も1人部屋にこもっていたのですが、私がいなくても全く平気。
私が顔を出しても近づこうともしません。
そんな手のかからない親孝行のピヨなのに、私は「なんだ、可愛くないな」と思ってしまいました。

父も母も孫といたい、私は気持ち悪いし一人のほうが楽だからとピヨを置いて自宅に帰ることにしたのです。
楽だとはいえ、初めてピヨと離れ離れになった帰りの新幹線の中で涙が止まりませんでした。
一週間くらいピヨは祖父母と暮らしたのでしょうか?
再会しても私に対してあまり反応せず、祖父母と別れる時に後追いしたくらいでした。

私はその時にピヨの母になることをあきらめたのです。
この子には私がいなくてもいいんじゃないか、というそんな気持ちになっていました。

自分の中でピヨに優しくなれない理由が分かっていました。
でもどうしても辛くあたってしまう自分がいます。
甘えてきても受け入れられない・・・。あなたは1人でも大丈夫でしょ?と跳ね返す。
自分でも分かっているのです。それがダメ母だと。

ウサが生まれてから一層ピヨに対して厳しく接してきました。
幼稚園に入ると私と離れることを嫌がりだしました。
そんな私の事情はピヨには分からないのですが、ずっと感じるものはあったのでしょう。

暴力をふるう訳でもなく、ネグレクトでもない微妙な関係でもあります。
傍から見ればしっかり育児をしていると思っていたと思います。
でもピヨからしたら、この人はちゃんと自分のことを愛してくれているのだろうか?とそんな疑問を持ち続けていたのかもしれません。
主人に当時の話をしてもそんな風に見えなかったと言います。
関係をよくするためには当事者同士が気付く以外方法はありません。
だから不登校の問題やいじめの問題は複雑です。
第三者が見て解決したと評価できる問題ではないのです。

ピヨが不登校になったのは私自身の問題でもありました。というより私自信のためだったのかもしれません。
母になるという課題を克服するためにピヨは不登校になったと、そう思います。


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posted by ひよっこ at 15:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 不登校 家族の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月10日

継続は力なり?

子どもの頃頻繁に聞いた言葉が「継続は力なり」という言葉でした。
目標に向かって少しずつでも続けることが最大の力になるということですが、続けることが果たして正解なのか疑問です。

私と主人は対照的で私はころころ気が変わって自分に合わないと思ったときにはすぐやめてしまいます。継続と言う言葉は私の中にはあまり魅力を感じません。

それに比べて、主人はこうと決めたらとことんやるタイプ。
男だからでしょうか?
そのせいかなかなか新しいことにチャレンジしようと言う気にはならないようなのですが、始めるとなると自分の体調がどうあれ続ける事に意義があると思っています。
私にはないその姿勢をもつ主人を、私は尊敬しています。

ですが朝ラジオ体操をすることに決めた主人は夜眠れないにも関わらず目覚ましをつけ欠かかそうとしません。体にいいのか悪いのか疑問です。

ピヨの不登校の時にも相談員さんに読み聞かせやらお風呂に一緒に入ったりというような提案をしてもらいました。子どもに負担がかからないような内容なら続けることはいいのですが、朝日を浴びるために散歩に連れ出すとか、買い物に連れ出すとか子どもが嫌がるのに連れ出すのは長続きしません。
昼夜逆転しないように朝起こすことも大変な労力です。

理論的にいいことだと分かっていても出来ないことには、それ以上に精神的な負担がかかってしまいます。そればかりか最悪の状況になりかねません。

続けることがいいことではなく、体そのものが要求していることに応えること、そして続けること。
いい方向に向かっている時の力は無理がありません。そして続けることで最大の力を発揮します。

続けられることを見つけ出すまでは、いろいろ試してみることが必要です。


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posted by ひよっこ at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校 家族の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月09日

自分で判断する

今朝の会話です。
私「ねぇ、ママ髪の毛ボサボサになってる?」
ピヨ「うん、すごいよ」
私「ほんとに?登校班の見送り行かないほうがいいかなぁ」
ピヨ「知らない、自分で判断して」

このピヨの返答を聞いて「あら、さみしい。」と感じてしまいました。
でも私自身がよくピヨに言う言葉です。

不登校からの今まで、ピヨは私に本当に小さな事を「どうしたらいい?」と聞いてきました。
でも私はそんなピヨが情けなく「自分で考えたら?」なんて事をよく言っていました。
それは自分で判断出来ない大人になってしまったらどうしようという不安からだったのだと思います。

実際自分に向かってピヨがそんなことを言ったときは、あぁ大人になったなぁと思うと同時に、なんてそっけない態度なの?と思ってしまいました。

そう考えると、子どもがいちいち小さな事を聞いてくる時は、会話をしたいのかもしれません。
どうでもいいことでも反応が欲しいのかもしれません。
その答えが確実なものでなくてもいいのです。
だって自分の期待にそぐわない時にはその答えを無視するはずですから。

今思い返しても反省することがたくさんあります。自分が安心したいばかりに不安を子どもに押し付けていたことが多々あったからです。
でも何とか、ピヨはそれを押しのけてちゃんと自分の意思を通せるようになってきました。
自分で決められるようになってきました。それはいつからなのか、何がきっかけなのかはっきり分かりませんが自分の意思で修学旅行に行かないと決めそれを実行した時からピヨは変わり始めた気がします。


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posted by ひよっこ at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校 家族の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする