2016年09月11日

カウンセリングとコーチング

不登校になるとカウンセリングを勧められます。
最初私は、カウンセリングというものに意味を見出せずにいました。
ただ話を聞いてもらうだけのようなイメージだったからです。

私も勧められるがままに、いろいろな先生にお会いしましたが、2時間ほど話を聞いていただき1つか2つ聞いて良かったということがあるくらいでした。
しかし、この1つか2つ得られたものは自分にはとても貴重なものなのです。その地道な作業があったからこそ今があると思っています。

例えばピヨの場合は、「他の人には気付かないけれど、学年があがる時や何か新しいことが始まる時に、実は本人にとって緊張がMAXの状態なんですよ」と言われました。このどこが得たことなのか?と思う方が多いと思いますが、私は「あ〜そうなのか」と気付いたのです。

「こんな簡単なことがなぜ出来ないの?」と思い込んでいる自分に気付くことが出来るのが、カウンセリングなのです。

他人の意見を聞かず、自分の考えが正しいと思い込んでいる人、また他人の意見を聞いているつもりでも、自分目線は変わらない人ほどカウンセリングは必要なのです。


コーチングは、少し精神状態が改善し、登校を再開し始めた頃のために必要になってきます。
再登校を始めても、本人には苦痛を伴うことが多いと思います。そのような時、自信や意欲を持てるようにするために、親自身が子どものコーチになり導びいていけるように学んでいきます。
ただ上記のように自分目線が変わらないままでは、子どものコーチにはなれませんが、自分が子どもの気持ちに寄り添えていないと自覚できるだけでも進歩です。
私は、子どもが学校へ行けずに家で過ごしている時、留守番させて学びに出かけていました。
子どもをゆっくり休ませながら、言葉かけのチャンスがくる『その時』のために、学ぶことをお勧めいたします。

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2016年09月09日

話の聴き方

私が育児の勉強会など出掛けて学ぶようになってから、かれこれ3年近くになります。
月に一度開かれるグループセッションは、一ヶ月間の自分の行動の振り返りと新たに起こった心配事など話せる場です。私が今の自分を保てていられるのは、月一のコーチの支えがあるからだと思っています。

この3年間で何が変わったのかと聞かれても、自分ではよく分かりません。
でも、子どもから「ここでいつも怒るのに怒らないね。」と言われるようになったことや
ピヨが少しばかり私に対して反抗的な発言をするようになったことを考えると、私も少しずつ変わってきているのだろうと思います。

話の聴き方の理想は見えているのに、なかなか実践は出来ないのが現状です。

ウサは6年生になり愚痴を言うことが増えてきました。
先生のせいにしたり友達のせいにしたり、自分以外は全て悪者です。
そんな時は、つい、提案したり喝を入れてしまうのです。
そしてウサに言われます。
「聴いてほしいだけだもん。」

気分を一新させるには時間がかかりますよね。
悪口に便乗せず、ウサの気持ちに集中して、「そうなんだ」「悔しかったね」「大変だったね」「よく頑張ったね」などなど、意識してひたすら聴くことが私の理想です。
子ども達が大人になるまでに、理想の聴き方が何回できるのか自分への挑戦です。


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posted by ひよっこ at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

チック トゥレット症候群

昨夜放送の ザ!世界仰天ニュース はチック トゥレット症候群を発症した男性の50年間の人生ドラマでした。
発症頻度は小児期の10〜24%
チックの95%は一過性のものだそうです。

私の兄がトゥレット症候群と診断を受けたのは今から20年前でした。
小児期には全くそのような症状はなく22歳で発症です。
大学に進学したのですが、あと一年で卒業という時に症状が悪化し退学せざるを得なくなったのです。
経済的にも厳しい状況だったので、両親は気持ちの余裕が無く、退学した息子の状況を一切受け入れられず対立するばかりでした。
大学も卒業できず仕事も見つからない日々。
自傷行為はありませんでしたが奇声を発したり踊るようなしぐさを繰り返したり呼吸が乱れたりが主な症状でした。
私にとっては大好きな兄だったので、兄の症状に関しては全く気にならなかったのですが、ある時私の何気ない言葉に激しく怒り出し、私も徐々に兄を避けるようになりました。

今回の放送を見て、尚のこと、どうしてあの時兄の味方、理解者になってあげられなかったのだろうと悔やみます。あの時両親の気持ちを優先させてしまった・・・。

とても穏やかで優しくて頭が良くて尊敬出来る兄でした。

そして20年たった今、やっと穏やかな優しい兄に戻りました。

本当に残酷な病気です。
今思うのは、あの時家族のサポートがあったなら兄は20年もの長い年月を費やすことはなかったのではと思うのです。
ですが兄は成人していたので、病院側から家族には何も説明がなく薬を処方されるだけでした。
脳内の神経伝達物質は、医学的に言えば足りない物質を薬で補ったり抑制したりするのでしょうが、脳の中のこと。ざっくりいえば、普段私たちが快だと感じる状態が必然ではないかと思うのです。
余計なストレスが一番の毒であり、本人も家族もストレスを感じずお互いを受け入れる方法を見つけることが大事なのだと思います。

病気についてオープンに話せる環境が家庭には必要なのです。
家族なのだから・・・。

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posted by ひよっこ at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする